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もじもじカフェの話

昨年から、友人何人かと、「もじもじカフェ」というイベントを二ヶ月に一度開催しています。
よく、「勉強会?」とか「セミナー?」と聞かれるのですが、考えているのはもっとずっとゆるやかなもので、毎回「文字」と「印刷」に関するさまざまなテーマを設定し、それについてお招きしたゲストのお話を聞いて、気楽に話をしようというイベントです。最近盛んになっているサイエンスカフェ(科学者が一般市民と、お茶を飲みながら最新の科学のトピックを話し合う)のようなもの、といったところでしょうか。
「もじもじカフェ」ウェブサイト↓
http://www.moji.gr.jp/cafe/

さて先日、8回目にあたる「写真植字の時代」を2日間に渡って開催しました。今回のゲストは、写植暦46年のベテラン手動写植オペレーター、駒井靖夫さん。80年代、90年代の杉浦康平氏や戸田ツトム氏といったデザイナーの手掛けた書籍のお仕事で、お名前をよく拝見していましたので、「もじもじカフェ」にご出演頂けることになった時には、主催者一同飛び上がって喜びました。

写植を取り上げようと思ったのは、最近懐古ブームで脚光を浴びている(?)活版と違い、確かに一世を風靡した印刷関連技術であるにも関わらず、コンピュータによる文字組版に急速に取って換わられ、いつのまにか忘れ去られようとしている写植に、今光を当てなければ永遠に失われてしまうのではないかという思いがありました。半年以上かけて出演いただけるオペレーターの方を探したのですが、有名な写植会社や個人のオペレーターの方のほとんどが、ここ数年で廃業されたりDTPに転身されたりしているという事実に突き当たったのです。そんな中、現在も現役でお仕事を続けられている駒井さんを紹介いただき、初めて九段下の事務所にお邪魔したのが4月のことでした。

個人的な思い出になりますが、99年にデザイン事務所をやめるまで、手動写植には本当にお世話になりました。お願いしていたのはM写植さんなのですが、駆け出しの頃は毎朝、前日にお願いした写植を四ッ谷の事務所に取りに行ってから出社するのを日課にしていたものです。00年に独立して仕事をデジタルに切り替えたのですが、自分がそれまでいかに手動写植オペレーターの方に頼り切っていたのかということを痛感させられました。写植は、ただ1字づつ文字をベタ打ちするだけでは全くキレイではないのです。例えば本のタイトルや見出しなど、1字1字大きさを変えたり位置を変えたり、書体を組み合わせたり、場合によっては文字そのものに手を加えたりして初めて、読みやすく美しい文字組が完成します。また、細かい箱組なども、字間を綺麗に詰めつつ各行の左右の幅を合わせるのには相当な技術を要します。

今回は駒井さんのご好意で、初日は駒井さんの事務所、プロスタディオを見学させて頂きました。寛大にも、事務所に2台お持ちのPAVO-KY(1983年に発売され、92年まで作られていた写研最後の手動写植機です)で、参加者に実際に文字を打たせてくださいました。私も1字だけ打たせてもらったのですが、まず文字盤(「一寸ノ巾」方式という、特殊な文字の配列になっています)から目当ての文字を探すのが大変。
文字盤を手前のハンドルで動かして目当ての文字をレンズの所に持っていき、カメラのシャッターの半押しのようにレバーを押して文字盤を固定します。必要ならここで細かい調整を加え、レバーを押し下げると「ガシャン」と大きな音がして、カセットの中にセットされた印画紙上に文字が印字されます。

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最新モデルであるPAVO-KYは、左側にモニタを持っており、文字盤を固定した時点で文字が表示されるので、ついついパソコンを使っているような気分になってしまうのですが、文字の調整は一字づつ印字する時にしかできず、後からまとめて字間を変えたりといった、現代のパソコン上でするような試行錯誤は全くできない仕組みです。しかも、駒井さんがお仕事を始められた頃の写植機は、モニタなどなく、文字は点でしか表現されずに印画紙を現像するまでは仕上がりが分からなかったそうで、まさに神業としかいいようがありません。またこのモニター自体、正確に字間を調整するには解像度が低く(これは現在のパソコンのモニターも一緒ですね)、ここも駒井さんの腕に頼ることになります。

さて本番のカフェは、いつものとおりベルギービールの店、「バルト」で。
毎回そうなのですが、主催者側の人間としては、なんやかんやで当日はじっくりお話を聞くことができないんですよね。MDに録音した当日の模様を聞きながら、後から「ああ、こんな話になっていたのか〜」などと思うことがしばしばです。
今回は、駒井さんのお仕事を始められた若い頃の思い出や写研での研修の様子、独立されてからの写植をめぐる状況やデザイナーとのお仕事など、印象深いお話がたくさんありました。また、かつてご自身が打たれた写植を、説明のために改めて打ってきてくださり、欧文、数字と和文との混植を、具体的にどういう調整を加えているか、そのテクニックを細かく示してくださったことも、参加者の方に好評だったようです。
駒井さんの文字に向き合う姿勢を目のあたりにして、私自身も、写植を使って版下を作っていた頃の情熱を思い出しました。

※しかし今回、阿佐ヶ谷は七夕祭りの真っ最中で大変な人出でした。その上バルトの隣では路上ライブが始まる始末。げげっ、こんなのあるなんて聞いていなかったよ〜〜。皆さん集中して聞いてくださっていたのですが、カフェの開催中ずっとの大音響に肝を冷やしました。もじもじカフェの開催日程は半年ぐらい前には決まっているのですが、この件については、リサーチできず本当に申し訳なかったと思います。

ご出演くださった駒井さん、企画の実現に手を貸してくださった皆さま、また参加者の皆さま、改めてどうもありがとうございました。
駒井さんに打って頂いた名前は、一生の記念になりそうです。
by upgraphics | 2007-08-09 23:59
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